
ポリアモリーとは、「複数の人を愛する」という意味のラテン語由来の言葉です。一般的な恋愛観では「1対1」の関係が当然視されていますが、ポリアモリーでは複数のパートナーと同時に親密な関係を築くことを選択します。
最も重要な点は、これが「浮気」や「不倫」とは根本的に異なるということです。ポリアモリーの関係では、関わる全ての人が状況を理解し、同意しています。秘密や隠し事はなく、オープンなコミュニケーションを基盤としているのです。
例えば、Aさんが同時にBさんとCさんと交際している場合、BさんもCさんもその事実を知っており、お互いの存在を認め合っています。時にはAさんとBさんのデートの予定をCさんが知っていたり、逆にAさんとCさんの関係についてBさんが理解していたりするのです。
この点が従来の「二股」や「浮気」と決定的に違います。ポリアモリーでは隠し事をせず、むしろ正直であることを美徳としているのです。
ポリアモリーの恋愛には、いくつかの重要な特徴があります。これらを理解することで、この恋愛スタイルの本質がより明確になるでしょう。
ポリアモリーの形態も多様です。例えば、一人の人を中心に複数のパートナーがいる「Vの字型」、全員がお互いに関係を持つ「トライアド(三角形)」、複数の人が複雑に繋がる「ネットワーク型」など、様々なパターンがあります。
複数人が絡む恋愛で避けて通れないのが「嫉妬」の感情です。ポリアモリーを実践する人の約80%が嫉妬を経験したことがあるというデータもあります。しかし、ポリアモリーではこの感情を否定するのではなく、むしろ向き合い、乗り越える方法を模索します。
嫉妬への対処法としては、以下のようなアプローチが一般的です。
ある実践者は「嫉妬は所有欲から生まれるもの。相手を所有物と考えない関係を築くことで、嫉妬の感情も変化していく」と語っています。また、「嫉妬を感じることは自然なこと。大切なのはその感情とどう向き合うか」という視点も重要です。
嫉妬と向き合うプロセスは、自己成長の機会でもあります。自分の感情パターンや不安の源泉を理解することで、より健全な関係を築く力が養われるのです。
実際にポリアモリーを実践している人々は、どのような体験をし、どのような心理で関係を築いているのでしょうか。いくつかの実例を見てみましょう。
けっけさん(20代女性・会社員)の場合
現在4人のパートナーがおり、そのうち2人と同じシェアハウスに住んでいます。「相手は私のものじゃないし、私も相手のものではないという、独占しない関係を築いています」と語ります。パンセクシャル(全性愛)であり、恋人の性別にこだわりはないそうです。
興味深いのは、4人の恋人のうち、体の関係があるのは現在1人だけだという点です。「好きだからこその嫉妬はある」としながらも、他のパートナーには恋愛感情はあるが嫉妬心はなく、心の繋がりが強いと説明しています。3人でグーグルのスケジュール共有をしており、お互いのデートの予定まで知っていて「楽しんできてね」と言い合える関係だといいます。
きのコさん(著書『わたし、恋人が2人います。〜ポリアモリーという生き方〜』の著者)
「結婚しても、1人だけを愛することができなかった」と語るきのコさんは、2011年に自身がポリアモリーであることをカミングアウトし、同じように悩みを抱えている人たちの居場所づくりに取り組んでいます。
彼女は「たった1人だけを生涯愛し続けること」の難しさを感じ、複数の人を同時に愛することを選びました。その過程で、「ただの浮気性」と誤解されることも多かったそうですが、誠実さと正直さを大切にする姿勢を貫いています。
30代男性の場合
「現在、交際している人が1人と、僕が一方的に恋愛感情を抱いている人が1人います。その人に恋愛感情があることを、本人にも交際相手にも伝えています」と語る男性は、自分の未熟さも自覚しています。
「僕は人との距離の取り方が下手で、依存したり執着したりしがち。性質としては複数の人に恋愛感情を抱くのでポリアモリーですが、ライフスタイルとしては実践できていない。独占欲もあるし、まだ未熟なんです」と正直に語ります。
彼は「ポリアモラスなライフスタイルを実践できている人は、精神的に成熟している人が多い」と感じており、「欲や感情に振り回されない一対一の関係をちゃんと築けるからこそ、複数の人とも関係を成立させられる」と分析しています。
ポリアモリーという生き方には、様々な課題や困難も存在します。特に日本のような一夫一婦制が当たり前とされる社会では、理解を得ることが難しい場面も多いでしょう。
社会的な誤解と偏見
ポリアモリーは「浮気性」「セックス依存症」「フリーセックス」などと誤解されることが少なくありません。実際には、ポリアモリーの人々は誠実さと正直さを重視しており、単なる性的な関係を求めているわけではありません。
ある実践者は「ポリーの人たちはセックスが好きだという誤解をされることも多い。『ここの女たちは食える』のように思った人も来る」と語り、また「乱交のイメージもある」と誤解の実態を明かしています。
時間とエネルギーの管理
複数のパートナーとの関係を維持するには、膨大な時間とエネルギーが必要です。スケジュール調整だけでなく、それぞれの関係に十分な注意と愛情を注ぐことが求められます。
感情のコントロールと自己成長
嫉妬や不安、独占欲などの感情と向き合い、乗り越えていくには、高い自己認識と感情コントロール能力が必要です。ある実践者は「包容力や信頼、感情や精神のコントロール、工夫、勇気、ありとあらゆるものが必要」と語っています。
法的・制度的な制約
現在の日本では、法的に認められるのは一対一の婚姻関係のみです。そのため、複数のパートナーとの間で法的な保護や権利を得ることは困難です。
子育てや家族形成の課題
子どもを持つ場合、複雑な関係性をどのように子どもに説明し、理解してもらうかという課題もあります。また、社会的な偏見から子どもが影響を受ける可能性もあります。
しかし、これらの課題に対して、ポリアモリーの実践者たちは創意工夫で対応しています。例えば、定期的なミーティングを設けてコミュニケーションを密にしたり、感情ワークを取り入れて自己理解を深めたりしています。
社会的理解を広げるための活動も少しずつ広がっています。SNSやブログでの情報発信、コミュニティの形成、書籍の出版などを通じて、ポリアモリーという選択肢の存在を知ってもらう取り組みが行われています。
「正しい」「正しくない」という二元論ではなく、多様な生き方や愛し方があることを社会が認める方向に、少しずつ変化していくことが期待されています。
ポリアモリーという生き方を選ぶことは、単に複数のパートナーと関係を持つという外面的な変化だけでなく、自己との深い対話と探求の旅でもあります。多くの実践者が語るのは、この生き方を通じて自分自身についての理解が深まったという経験です。
自分の感情パターンの発見
複数の関係性の中で生きることで、自分がどのような時に嫉妬や不安、怒りを感じるのか、そのパターンが明確になります。ある実践者は「一対一の関係では気づかなかった自分の感情の癖が見えてきた」と語ります。
依存と自立のバランス
ポリアモリーでは、パートナーが常に自分だけに注目してくれるわけではありません。そのため、健全な自立と適度な依存のバランスを学ぶ機会となります。「一人の時間も大切にできるようになった」という声も多く聞かれます。
コミュニケーション能力の向上
複雑な関係性を維持するには、高度なコミュニケーション能力が求められます。自分の感情や欲求を正確に言語化し、相手の言葉に耳を傾ける力が自然と養われていきます。
価値観の再検討
「なぜ一対一の関係が当たり前とされているのか」「愛とは何か」「関係性とは何か」といった根本的な問いに向き合うことで、社会的な常識や価値観を再検討する機会となります。
ある女性は「ポリアモリーという名前を知った時、腑に落ちたというか、安心しました。どうしても好きだと、大事だと思う人間関係を切れなかったんです」と語っています。また別の方は「このスタイルに名前がついて、この関係をそこに落とし込めるならば、心が楽になる」と表現しています。
重要なのは、ポリアモリーが「正解」ではなく、一つの選択肢だということです。ある実践者は「自分たちがポリアモリーかどうかは明確ではない。お互い、自分が関係する全員にこういう形であるという事を伝えているわけではないから。自分の気持ちの中にあるものも流動的で、明確ではない」と語っています。
また、「もしかしたら明日、誰かと出会って、その人のことだけが好きになるかもしれない」という可能性も排除していません。これは、ポリアモリーが固定的なアイデンティティではなく、その時々の自分の感情や状況に誠実に向き合う生き方だということを示しています。
ポリアモリーという選択肢を知ることで、たとえそれを選ばなくても、自分の感情や関係性について深く考えるきっかけになるかもしれません。それこそが、この多様な恋愛形態が私たちに提供してくれる最も価値ある贈り物なのかもしれません。